幼少期、男性ホルモン濃度はかならずしも低くないが行動の違いは見られる
クラインフェルターの出現率は600~650人に一人くらいで書かれているものが多く、アジア人ではもっと出現率が高いのではないかという報告もあります。
欧米でも、75%の方が気づかずに生涯を過ごし、出生前に診断されているケースは1割程度です(Bojesen et al., 2003)。そのため、子どもを対象とした調査はサンプル数が少なく、知見は発展途上であるのが現状です。
社会的な「生きづらさ」の中心は引っ込み思案であること
クラインフェルターの子ども・男性の社会的「生きづらさ」の中核にあるのはひっこみ思案、シャイであることです。社会的不安が強いために、友人関係やコミュニケーションに問題をかかえ、衝動的な反応をすることがあります。
顔の表情や視線方向、声のトーンを読むのが下手な傾向があり、 25%が自閉症的傾向を持ち、5%は中核的な自閉症群に相当する という報告があります。
社会面での生きづらさを改善するために、じぶんの特性を知って最近で言うような「非認知的スキル」をトレーニングすることで、強みを活かしつつ「生きやすく」することができるのか、あるいは幼少期から男性ホルモン補充をする方が本人にとってよいのか、ということが検討されてきました。
ちなみに、成人に対してもどの程度を目標として男性ホルモン補充をすべきか、という基準は海外でも定まっていないようで、クラインフェルターであることが分かってから男性ホルモン補充療法を始めるまでにはかなりのタイムラグが認められます。
成人の場合は、子どもを作ることに対する悪影響を心配して、男性ホルモン利用の開始を遅らせているのかもしれません。性ホルモンを外から補充するということは、女性がピルを飲むのと同じで、自然な性ホルモンの産生サイクルを抑制し、わずかに残っている造精機能に悪影響を及ぼす可能性があるからです。
ひとの感情を読み取るのに失敗するわけ
クラインフェルターの方の特徴として、 alexithymia の傾向があると言われています。Alexithymiaは日本語では失感情症と訳されているので、感情を知覚することのできない印象を与えてしまいますが、実情はまったく逆です。
感情を喚起するような動画を視聴しているときの生理的反応(発汗)を調べると、クラインフェルターの方のほうが対照群よりも大きい反応をしています。特に、恐怖/不安、怒り/驚きを喚起する刺激に対して強く反応しています。しかし、自分のその反応がどういう意味を持っているかという認識、説明がうまくできない。これがalexithymiaです。自分の情動状態の認識、把握は他人の情動を読み取る能力の基礎となります。
目は感情の窓と呼ばれ、相手の目の周りをよく注視する人ほど感情の読み取りに長け、「共感能力が高い」と言われます。クラインフェルターの方は感情の刺激に強く影響を受けてしまうため、自動的に相手の目の周りを見ることを避けようとしてしまうようです。そのため、結果的に相手の感情を読み間違えてしまう、ということになりがちです(Rijn et al., 2014)。
実際、近年は自閉症スペクトラム傾向のある方がマインドフルネスのトレーニングをすることによって生活の質を向上することができたという報告が出てきています。これについては別エントリで紹介します。
男性ホルモンと社会的特性
このような引っ込み思案で他者と協力することが難しいという特徴は、クラインフェルター男性だけではなく、Xトリソミー女性にも同様に現れます(Rijn et al., 2013)。
また、出生前-直後から男性ホルモンの低下が見られるのはクラインフェルター男性の中でも一部であると考えられ、子どもの頃から見られるクラインフェルターの社会的特性を生じさせる主要な要因が、胎生期の男性ホルモン濃度である可能性は低そうに見えます。
しかしながら、クラインフェルターと定型発達の少年を比較し、唾液中テストステロンと社会的特性との関連を見た研究では、男性ホルモンが低いと引っ込み思案の程度が強くなることが示されました。年少群(8-12歳)では両群の間でテストステロン値に差は見られませんが、年長(12-19歳)になってくると、クラインフェルター群も思春期は初来するのですが、性ホルモン低下が顕著に見られるようになってきます。
限られた被験者数の中ですが、男性ホルモン濃度は顔表情の認知や「心の理論」との関連が見られなかった一方で、社会的スキルの高さとは正に相関していました。すなわち、年齢や思春期発達ステージ段階にかかわらず、 テストステロン濃度が高い少年はひととの社会的交流に不安を感じにくい のです。不安全般の高さとは関係がありませんでした(Rijn, 2018)。
乳幼児期の男性ホルモン補充の効果
出生前にクラインフェルターであると診断された子どもに対し、0歳~3歳といった乳幼児期に男性ホルモンを補充することにより、言語発達や認知特性、運動機能を向上させることを期待した臨床研究もアメリカ合衆国を中心に進められています (Samango‐Sprouse et al., 2020)。
効果があるという報告が得られていますが、長期的な影響の如何や、本人の同意が得られない時期に施療を実施するほどの必然性があるのかどうか、慎重に評価する必要があると考えます。
References
Bojesen, A., Juul, S., & Gravholt, C. H. (2003). Prenatal and Postnatal Prevalence of Klinefelter Syndrome: A National Registry Study. The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism, 88(2), 622–626. https://doi.org/10.1210/jc.2002-021491
Rijn, S. van. (2018). Salivary testosterone in relation to social cognition and social anxiety in children and adolescents with 47,XXY (Klinefelter syndrome). PLOS ONE, 13(7), e0200882. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0200882
Van Rijn, S., Stockmann, L., Borghgraef, M., Bruining, H., van Ravenswaaij-Arts, C., Govaerts, L., Hansson, K., & Swaab, H. (2013). The Social Behavioral Phenotype in Boys and Girls with an Extra X Chromosome (Klinefelter Syndrome and Trisomy X): A Comparison with Autism Spectrum Disorder. Journal of Autism and Developmental Disorders, 44. https://doi.org/10.1007/s10803-013-1860-5
Resaerch Gate
Rijn, S. van, Barendse, M., Goozen, S. van, & Swaab, H. (2014). Social Attention, Affective Arousal and Empathy in Men with Klinefelter Syndrome (47,XXY): Evidence from Eyetracking and Skin Conductance. PLOS ONE, 9(1), e84721. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0084721
Samango‐Sprouse, C. A., Tran, S. L., Lasutschinkow, P. C., Sadeghin, T., Powell, S., Mitchell, F. L., & Gropman, A. (2020). Neurodevelopmental outcome of prenatally diagnosed boys with 47,XXY (Klinefelter syndrome) and the potential influence of early hormonal therapy. American Journal of Medical Genetics Part A, 182(8), 1881–1889. https://doi.org/10.1002/ajmg.a.61561