考えられる症候の要因
クラインフェルター症候群の人たちの心身の特徴は多様であり、性腺機能低下の度合いや身体的特徴の違いを生じさせる要因がどこにあるのか、複数の調査が行われてきている。中でも、
- 過剰なX染色体の不活性化の偏り(母親の年齢が高いと、偏りは大きくなる)
- 男性ホルモン受容体(AR: androgen receptor)の多型
のいずれが、クラインフェルターに特徴的な症状を現すのに寄与しているか調査した報告。
定型発達の男性は 1 本、女性は 2 本の X 染色体を持つ。女性の体細胞ではそれぞれ、父方から来た X 染色体と母方から来た X 染色体のいずれかがランダムに不活性化され、余分な発現が抑制されている。これは発生の初期に起きるが、女性においてもクラインフェルター男性においても、X 染色体上の遺伝子のうち 15%ほどは不活性化をまぬがれており、すなわちその分、一般男性よりも X 染色体上の遺伝子の発現分は多いことになる。そのため、この過剰発現分がクランフェルター男性の特徴を生み出しているのではないかかと考えられている。
しかしながら、とても多様な表現型を生じさせている要因として他にも遺伝子多型や、X 染色体不活性化の偏りによる エピジェネティックな効果 (遺伝子配列は変えないけれども遺伝子の働き方を変化させること)が想定される。
これまで以下のような可能性が検討されてきた。
- 遺伝子の中には一部、それが父親由来か母親由来かによってはたらきを変えるものがある(ゲノム・インプリンティング)。
過剰な X が父親由来か、母親由来かによってクラインフェルターの表現型が変わるのか?
← これが本質的な要因であるということを、支持する証拠がこれまでない - X 染色体の不活性化の偏りが、父親に偏っているか母親に偏っているかによってインプリンティングされる遺伝子の割り振りにも影響が出て、表現型が変わるのだろうか。
← 臨床像と関連しているという証拠がない - 男性ホルモン受容体の中で、CAG リピートが 37 回を超えて伸長すると(ケネディ病:アンドロゲン受容体変異による先天性神経筋疾患 に見られる)男性ホルモンが効きにくくなるとされ、クラインフェルターの症状との関連性が調べられてきている。
← クラインフェルター小児を対象とした研究で、CAG のリピート数が少ないほど陰茎が長い、また思春期に下垂体-性腺系が活動し始めるタイミングが遅い
X染色体不活性化の偏り
X染色体不活性化の偏りを調べるには、以下のような方法をとる。
被験者から提供された末梢血を、DNAのメチル化に反応する制限酵素HpaⅡで処理する。LHpaⅡはメチル化されていないDNA—すなわち、活動している方のX染色体だけを切断する。これをPCRで増幅し、切断されていない対照群と比較する。これを遺伝子マッピングソフトウェアで処理して、不活性化の偏りを計算する。
不活化が完全にランダムであれば、父方のXと母方のXは、それぞれの細胞で50%の確率で不活化されているはずである。これが80:20以上に極端であれば不活化の偏りがあるとされるし、90:10であれば非常に偏りがあるということになる。
父方か母方か、ではなくてCAGリピートの数が影響していた
先行研究 (Wikström et al., 2006) では、過剰なXが父親由来であるとCAGリピートの数が多く、思春期の初来が遅くなるという関係が報告されたが、この研究ではそのような関係は追認されなかった。また、X染色体不活性化の偏りの程度と、クラインフェルターの症候との関連性は見いだされていない。
男性ホルモン受容体のCAGリピート数は、クラインフェルターと対照群との間で有意には異ならないものの、
- 身長が高い
- 腕が長い
- 総コレステロール値、ヘモグロビン、ヘマトクリット値が低い(赤血球の生成はテストステロン依存である)
> 定型発達の人たちの間では逆の傾向が見られる - 男性ホルモン補充の効果に対する影響はない
対照群定型発達の人たちの間では、CAGリピートの数が多いほど
- 脊椎・臀部の骨塩密度が高い
- アディポサイトカイン、アディポネクチン(動脈硬化を予防したり、インスリンの働きを良くする長寿ホルモン)値は低い
ことが見いだされた。
いずれの群でも、CAGリピート数と性ホルモン濃度との間には関連は見られなかった。
群によってCAGリピートの影響は反転する
CAGリピートが伸長すると、内臓脂肪が増加することが分かっている。
CAGリピートが長めの人にとっては、男性ホルモン濃度が高いとインスリン抵抗性を改善する効果がある(Möhlig et al., 2011; 短めの人にとっては逆の効果が見られた)。
また、CAGリピートが長いと思春期の初来が遅くなるため(Wikström et al., 2006)、成長期間が長くなり身長や腕の伸びをもたらしている可能性がある。
下垂体-性腺系のはたらきに問題がない人では、アンドロゲンが比較的効きづらい人では代償的にテストステロンが多く分泌され、結果としてエストロゲンの濃度が高く、CAGリピートが多いほど骨密度が高いということになるようだ。しかし、クラインフェルターの場合はそうはいかない。CAGリピートとヘモグロビン・ヘマトクリット値とのあいだの関連も、クラインフェルター群と対照群とでは逆になっている。
CAGリピートの長さは前立腺がんや骨密度と関連すると言われてきたけれど、近年ではそれが臨床的に意味のある違いをもたらすのかについて疑義も上がっている。In vitro(生体外)試験で、そもそも正常範囲のCAGリピート数の多型と男性ホルモン受容体機能との間に関連はないのではないかという疑問も呈されつつある。
先行研究ではCAGリピートが長いほどLHの分泌抑制が効かないという強い関係性が見られたが、この研究では追認されていない。
https://doi.org/10.1111/j.1365-2605.2011.01223.x
Other References
Wikström, A. M., Painter, J. N., Raivio, T., Aittomäki, K., & Dunkel, L. (2006). Genetic features of the X chromosome affect pubertal development and testicular degeneration in adolescent boys with Klinefelter syndrome. Clinical Endocrinology, 65(1), 92–97.
https://doi.org/10.1111/j.1365-2265.2006.02554.x
Möhlig, M., Arafat, A. M., Osterhoff, M. A., Isken, F., Weickert, M. O., Spranger, J., Pfeiffer, A. F. H., & Schöfl, C. (2011). Androgen receptor CAG repeat length polymorphism modifies the impact of testosterone on insulin sensitivity in men. European Journal of Endocrinology, 164(6), 1013–1018.
https://doi.org/10.1530/EJE-10-1022