論文の概要
ギフテッドの方は、さまざまな発達特異性を持つ方と同様、知覚過敏や鈍麻といった知覚感受性の特徴を示すことがあります。
また、自閉スペクトラム症をはじめとする発達特異性の多くは男児の方に発見されやすいことが知られてきました。
そのため、胎児期における男性ホルモン濃度の作用が強すぎるとこれらの特徴がみられやすくなるという「超男性脳仮説」や、男性ホルモンの作用が強いと左大脳半球の発達が阻害されて、左利きかつ天才となる、というモデルが提唱されてきました。
しかしながら、男性ホルモン濃度の作用が少ないのにも関わらず、「男性に特徴的」とされる発達の特異性を示すケースが見られます。
性染色体の異数性を持つ方々(XXY染色体をもつ男性である、クラインフェルター症候群など)がその代表例です。
男性ホルモン濃度の低い男性に対して、男性ホルモンを補充することで、コミュニケーション能力の改善や、衝動性を抑えるといった改善効果がみられることが分かっています。一方で、「男性的な能力」とされがちな空間認知能力の改善はほとんど見られません。
筆者らは、ヒトを対象としたこれまでの相関研究のメタアナリシスと、実験的な研究報告をレビューし、性差が見られるとされる認知の特性に対して、男性ホルモンの過剰ではなく、女性ホルモン(エストロゲン)や女性ホルモン受容体(エストロゲン受容体 β)のはたらきの不全の影響が強いことを示しました。
自閉スペクトラム症など発達の特異性がみられるケースでは、発達初期に生の知覚を処理する脳部位が過剰に発達します。
一方で、外部・内部からの知覚のインプットを自ら持っている内的モデルによる予測と参照する脳部位(島皮質や帯状回前部)の機能が低下します。
これは、性ホルモンの作用が不足するクラインフェルター症候群や、トランスジェンダーの方にも同様に見られる特徴です。
トップダウンの予測や制御が効きづらいことにより、日常的なコミュニケーションの不得手や実行機能の低下がみられます。
一方で、視覚を用いたイメージ操作や共感覚(文字に色がついて感じられるなど)に見られるように、人によって特定の知覚を用いた情報処理が優れていることがあります。
さらに、島皮質や帯状回前部で自己イメージと身体内外からの知覚インプットを統合するはたらきが弱いという特徴があります。
これにより、統合失調症や解離性障害とも共通する非日常的な信念を持ちやすくなる一方で、創造性の源ともなる豊かな拡散的思考が生じやすいことも示唆されます。
発表論文のFigure 1
今後の展望
本ウェブサイトを通じてデータを取得しておりました、クラインフェルター症候群や性的マイノリティの知覚特性に関する調査の結果は学術雑誌に投稿し、査読を受けているところです。
さらに、知覚特性と得意領域との間の関連について調査を行います。
これらの調査により、さまざまな発達特性やギフテッドが生じる要因をあきらかにする手がかりが得られるとともに、それぞれの特性に合った支援法を開発する基礎データが得られると期待されます。
書誌情報(オープンアクセス)
Giftedness and atypical sexual differentiation: enhanced perceptual functioning through estrogen deficiency instead of androgen excess.
Front. Endocrinol., 01 May 2024
Kikue Sakaguchi, Shintaro Tawata*
*多和田真太郎、上智大学大学院総合人間科学研究科 心理学専攻 博士後期課程3年
doi.org/10.3389/fendo.2024.1343759
本研究は、上智大学総合人間科学部心理学科 齋藤慈子研究室との共同研究として行われました。
本研究の遂行と発表には、JSPS 「課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業」JPJS00122674991の支援を受けました。
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